地域学系の大学院入試に向けて準備するべきこととは? 「研究テーマ」の明確化
上島直人
鳥取大学大学院地域学研究科修了
担当科目:地域学
「院試対策で一番重要な『研究テーマ』がいまいち明確化しない・・・」
こんな悩みを抱えている方もおられるでしょう。大学院入試では自分の「研究テーマ」を明確にすることが重要になります。
ここでは私が行ったサブカルチャー研究を例に、地域学研究科の院試対策を紹介します。
「地域学」と聞いて何を思い浮かべるでしょうか。多くの人は地域経済に関連して「町おこし」や「観光」をイメージするのではないでしょうか。
しかし私はもう少し範囲を広げ、日本を一つの「地域」として考え研究しました。「サブカルチャーが日本という地域社会から受けた影響について」という「研究テーマ」です。
日本のサブカルチャーに関する研究と聞くと、以下のような論者を思い浮かべるかも知れません。
宮台真司『終わりなき日常を生きろ―オウム完全克服マニュアル―』
大沢真幸『虚構の時代の果て』
東浩紀『動物化するポスト・モダン』
こうした書籍を既に読んでいる方は、日本という地域とその文化性にかなり詳しいのではないかと思います。
今回は私が経験した鳥取大学大学院での入試を例に、院試に向けて「研究テーマ」を明確化することの大切さについて説明します。
地域学の範囲は広く「研究テーマを絞る」必要がある
私は地域学を通したサブカルチャー研究を行いました。研究方法としては「漫画やアニメの物語・キャラクター性は社会から影響を受けている」という「社会反映論」を用いました。
具体的には、文化批評の歴史と日本という地域社会の出来事を対比させてまとめていきました。上述した論者の他に大塚英二や宇野常弘などを参照することもありました。
私は学士の頃からサブカルチャーと日本に関する思想や評論に触れていました。それでもまとめ切れるかどうか不安でした。「日本とサブカルチャー」という「研究テーマ」そのものが「広すぎる」ためです。
そこで自分の生きてきた年代である1990年代から2000年代に「研究テーマを絞る」ことにしました。
院試対策では「研究テーマ」を明確にすることも重要
この章では私の院試体験に基づいて、その仕組みや準備方法について説明します。
大学院受験には大きく分けて3つの関門があります。①:筆記試験、②:語学試験、③:口頭試問です。
①、②に対する対策は高校・大学受験と同じく基本的に「過去問」を解くことになります。また③は①、②と「連結」して対策すると効果的です。
また①、②、③すべてに言えることですが「研究テーマ」が明確化していると対策が容易になります。
例えば①の筆記試験についてです。
筆記試験ではあなたの「研究テーマ」に関係する「長い文章問題」の読解や論述が出ます。しかし過去問では、この「長い文章問題」が大学によっては黒塗りで読めないことがあります。著作権の関係から削除される部分があるためです。
こうした場合でも、「研究テーマ」がはっきりと分かっていれば予想される文献の講読リストを作るなどして対策が可能になります。
また③の準備としても「研究テーマ」の明確化は重要です。志望する大学院の先生に事前にコンタクトを取る必要があるためです。
しかし大学の先生はとても多忙です。大学が主催する進学説明会など、数少ない機会を有効に使って自身の「研究テーマ」を確実に伝えることが求められます。
詳しくは後述しますが、こうした説明会参加や事前相談が予想以上に重要なのです。
最初の2つの関門 ~筆記試験と語学試験を連結させて対策する~
私は最初から「日本という地域⇔アニメ・漫画などのサブカルチャー」という「研究テーマ」を意識して院試対策を進めました。筆記・語学の両方の対策でこのテーマを用いたのです。
選択した語学は英語でした。そのため日本語という「自分の住む地域の言語」の外に出ることになります。
私は最初に自身の「研究テーマ」に基づいて、新たに講読と参照を予定している書籍を購入しました。そしてその論理展開をひとまずは日本語という「自分の地域の言語」で説明できるようにしました。それを自分なりにで良いので英語という「別の地域の言語」で説明できるようになれば、両科目の対策はほぼ完了すると考えたためです。
なぜなら大学院の試験は、ある程度受験者の「研究テーマ」が明確になっていることが前提で作られているからです。
ゆえに語学試験における文章読解にて、自分の「研究テーマ」に沿った長文問題が出題された場合、その論理展開をうまく説明できるだけの筆記・語学試験対策ができていれば一石二鳥なのです。
語学試験においては「研究テーマ」につながる翻訳センスが問われる
ここからは私が実際に体験した試験当日の出来事を例に、「研究テーマ」が実際の試験にどのように関係したのかをお伝えします。
筆記・語学試験の両対策ともにそれなりに手ごたえをもって臨んだ試験本番。予想通りサブカルチャーと日本という地域学に関する出題がありました。
特に時間がかかったのが「和訳」です。長文読解は漫画やアニメに関する内容ですが、出てくる英単語は意味がかなり幅広いものばかり。つまり翻訳者の「センス」を問われる出題だったのです。
例えば「puppy」という単語が出たとします。これを「子犬」とするのか「赤ちゃん犬」とするのかで、受験者のセンスが問われます。
もし「可愛さ」を強調したいなら、後者を選ぶべきです。サブカルチャーにおける「Kawaii」というテーマは多くの研究者を惹きつけます。しかし恐らく辞書には「子犬」とのみ出ているはずです。意味の振れ幅を減らして、正確に伝えることを目的とするからです。
こうした作業は楽しい一方で時間との戦いになります。「puppy」を子犬とするか、赤ちゃん犬とするかで悩んでいる間にも時間は過ぎていきます。
ここで焦ると翻訳のセンスを問われかねません。読み手に「分かりやすく、興味深い」と思わせる答案を目指すべきですが、とにかく時計を細かく見ましょう。
口頭試験対策として「事前相談にて研究テーマを伝える」
面接試験では普段着でしたが、少しフォーマルな感じの服を選びました。スーツの人はいなかったように覚えています。試験官は2名で、1名は指導教員になる予定の先生、もう一人は研究科全体のとりまとめの先生でした。
時間は当初は40分ほどを予定していましたが、結果として少し伸びました。だいたい以下のような事を聞かれたように覚えています。
①:「英語論文」を読み込んでおくことの重要性
「研究テーマ」が日本というかなり広い地域を対象にしています。そのため日本語の論文だけでは足りず、英語論文も読む必要があります。
私は知り合いの中に同じ大学院に既に進学していた人がいました。そのため、かねてより聞いていた書籍を一冊挙げ、なんとなくの翻訳の方向性を伝えました。
②:語学試験の手ごたえについて
特に英語の長文読解と和訳について話したように思います。
「今回の試験を突破できれば、英語論文の翻訳にも挑戦できるのではないか」といったことを言われました。
③:研究生活について
他のゼミ生に対して自分の研究を説明できるかと聞かれました。
私としては「『研究テーマ』が明確化すれば説明できると思う。ただ、現在時点ではそこまで深いテーマにまでは至っていない」といったことを率直に答えました。
④:大学院を経た後の進路について
地域学部には博士後期課程がありませんでした。そのため就職して、働きながら研究を続けると答えました。
自分の「研究テーマ」の「日本のサブカルチャー」はかなり奥深く、難しいテーマである点を理由として挙げました。長い研究期間が必要になると考えたからです。
以上のようなことをその場の雰囲気を見ながら、集中して答えるようにします。
本来であればこうしたことは試験前の進学説明会などで事前相談すべきです。私は学士が別の大学でしたので、こうした事前相談を徹底していませんでした。
今から考えれば口頭試験の緊張感は「事前相談で『研究テーマ』を伝えなかった」ことも原因だったのかもしれません。内部学生として大学院へと進む場合は、外部の学生に比べてこうした準備がしやすいと思います。
学士の頃とは一味違う大学院生活
大学院生活での一番の目玉は、やはり教授に直接講義を受けられることです。
大講義室での授業などに比べ、より「研究らしい」と感じると思います。私の場合も教授に提出するレジメは学士の頃に比べ、かなり入念に準備するようになりました。
修士論文の指導も、学士の頃と比べると圧倒的に細かく長期間に及びます。例えば文字数制限が2万字以上だったとしても、下書きはその倍の4万字ほどになることを覚悟する必要があります。「研究テーマ」が重要になるためです。
例えば学士論文では「〇〇という結論を述べる(説明する)」と決めてから書き始めると思います。この「〇〇という結論」=「研究テーマ」が修士論文ではかなり頻繁に変わります。
研究がより詳細になっているため、自分の論理展開の矛盾に気付きやすくなり、結果何度も書き直すことになるからです。
繰り返される「やり直し」に耐えられるタフさを身につける場でもあるのです。